子供が染色体異常と診断され発達障害児とわかっていても産みますか

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 誤解なきよう最初に伝えておくと、この記事のタイトルは私からみなさんへの問いかけではなく、私が専門学生時代に小児の授業で出されたレポート課題の題材です。

 まだ18歳〜20歳の学生になんちゅう重たい課題だ…と当時は思いながら、苦労してレポートを完成させた記憶があります。

 さて、今回私が学生当時書いたそのレポートを読み返すと、なんというか親になったからなのか、微妙に考え方が違ったんですよね(大筋は変わってないけど)。その心境の変化を忘れないように今回記しておこうと思ったのがこの記事です。ご興味のあるかたは読んでいってください。

(※デリケートな内容なので誤解なきよう注釈しておきます。私は「障害者はこの世に生まれるべきではない」とか、「優秀な遺伝子だけを残すような思想:優生思想」などを持ち合わせているわけではありません。学生のころレポートで語った内容などは、親になった経験もない拙い思想で書いたものです。また私が書いた思想はあくまで私個人が障害児の親になるとわかったらどう判断するかで、繰り返しになりますが、世に生まれた障害児やその産みの親・育ての親を否定するものではありません。そのような考え方に過剰に不快反応を示される方は読んでいただかないほうが良いかもしれません。学生の頃の私と親になってからの私の考え方の移り変わりもありますので、最後まで読んでいただいてどう感じるか判断していただいても構いません。)

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発達障害と診断されたら産まないと思う:学生の頃のレポートより

(一部読み易いよう改変しながら書いています。)
 私は染色体異常で発達障害があると診断された場合、子供を産み育てる自信はありません。それは自分自身の能力と合わせ、社会のサポート体制も弱いと感じるからです。また、私が小児実習で九週間、重篤な障害を持つ児童が集まる「療育センター」で研修をしたことも、そう考えるきっかけになっています。私は自分の子供が健常で生まれてくることを望みます。その理由を以下から述べていきます。

発達障害児を育てる親の苦労

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 まず、「育てる自信が自分にはない」という事に関して書きます。私は子供を育てた経験はありませんし、まだ周りに親である友人などがいないので、自分の子供時代を思い返して書きます。

 子供だったころの自分自身が今の自分の子供であるなら、こんな大変なことはないと感じます。言うことは聞かない、暴れまわる、反抗する、人様に迷惑をかけ学校に親が呼ばれる、そんな子供時代だったので、子供を育てるのは大変なことと感じます。

 その大変さは、発達障害児ではより際立ちます。私が療育センターの研修で出会った子供たちは、ADHD、アスペルガー、自閉症、うつ病、ダウン症、奇形など、様々な障害と症状を抱えていましたが、どれも小さい時の私以上の苦労を親は強いられていました。
 話をしても全然聞いていない、それどころか好き勝手暴れる子。自分の殻に閉じこもり、決してこちらに心を開かない子。親に包丁を突きつけた子。学校で友達を傷つけた子。身体の形が変形しており、数時間おきに親が姿勢を整えたりヨダレの処理をしなければいけない子。その奇形のまま大人になり、ベッドと車椅子間の移動にも大人数人の手が必要な子。数時間置きにオムツ替えも必要でした。
 健常であった私自身の子供時代を思い返しても「親は大変」と思うのに、上記のような状況を乗り越える自信は私にはありません。
 研修ではこちらが優しく接しようと思っていても、概して問題を抱える児童はそれを踏みにじる様な行為や態度に及び、好意を踏みにじられたような思いでいっぱいでした。親だったら耐えられるのだろうか?とも考えましたが、親であればなお辛いのではないかと考えます。

発達障害への社会的サポートに関して

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 次に「社会のサポート体制が弱い」と感じた事について書きます。先に書いたような「辛い・大変」な思いをしている子供や親を社会が適正にサポートできているかというと、そうではない事も研修を通して感じました。
 重度の障害を持つ子の親御さんは、預け先がなく仕事を辞め、365日我が子の介護に追われていました。やっと療育センターを訪れられたという親御さんも、予約は数ヶ月単位で埋まっているのが現状と話していました。もっと頻繁に通いたくても通えないということです。また、預け先もないそうでした。
 私の暮らす市で障害児を学校や保育園に通わせるには受け皿が足りず、100km離れた別な街へ通わせている親御さんもいました。一方で健常者の子供の割合は減っており、小学校や中学校はどんどん統合され減少しています。その一方で増え続ける障害児を受け入れる施設が足りていないとのことでした。いくら我が子だから責任は自分にあるとはいえ、働くこともできず365日介護を強いられる生活は、QOL(生活の質)や自己実現(自分らしく生きる)の観点からも私には受け入れがたいです。

子供は社会全体で育てる責任がある。もちろん発達障害児も。

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 子供を産んだのはもちろん親ですが、育てるのは社会全体のはずです。健常の子はそれが叶います。ところが障害を持つことによって、「社会で育てる」の概念は0とは言いませんが何割か減すると感じました。子供を育てる責任は親と社会にあると考え、社会のサポート割合が減るということは、親の責任や負担が増えるということです。
 療育センターでは様々な親御さんに会いましたが、概して疲れた顔や暗い表情をしていました。もちろん喜ばしい瞬間もたくさんありました。しかし、それ以上に苦労する経験が多すぎると感じます。

親だけに苦労を強いる社会において「中絶」は悪いことか

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 中絶が悪い事という思想が社会にあるのはわかりますが、だからといって「親だけが大変な思いをしていい」というわけではないと思います。
 私は「自分の自信のなさ」に合わせ「社会のサポートの足りなさ」を理由としました。なので、今思い返すと療育センターで出会った親御さん達のたくましさ責任感の強さを感じます。その一方で、障害児を育てる現状をどのように感じているのか“生の声”をもっと聞けばよかったかなと思います。
 「こんな苦労をするなら産むんじゃなかった」と思っているのか、「障害を持ってでも産まれてきてくれたことに感謝している」と思っているのか。これは障害の程度や、周囲のサポート体制や、金銭問題の余裕など様々な状況の違いもあるので、一概に「親の心持ち」だけを取り上げて、「やっぱり産まなきゃよかった」なんて親の体たらくだわ!とは言えないと思います。
 人間だから「親としての能力」とか「家事効率」とか「ストレス耐性」とかすべての能力が違うわけです。それを踏まえた上で、困っている人を助けられる受け皿を作る事が、「産まなきゃよかった」とか「中絶します」という親を批判する前にすべきことだと思います。

子供が好きなら療育センターでは働けない

子供を愛する画像

 親御さんの生の声は聞けませんでしたが、私が療育センターで学ばせてもらった先生の言葉でとても印象に残った言葉があるので以下に書きます。
 私がセンターの先生に「子供が好きだから小児の道で活躍されているんですか?」と伺うと、「本当に心から子供を愛している人は、ここでは働けないと思う。(子供達を)見ていて辛すぎる。その思いに潰されてセンターを去っていった職員も何人もいる。子供が好きで携わりたいなら保育園のほうが良い。」とおっしゃっていました。ここで働くには、障害児と接することを仕事と割りきらなければ、一人一人を愛し感情移入していたら辛すぎるし、仕事が回らない(児童が多いから)とのことでした。
 障害児を育てる親も大変な苦労をされている一方で、サポートをする職員も辛い思いをしているのだと気づかされた言葉でした。

自分に子供が出来るなら健常であって欲しいと願った

手を繋ぐ画像

 最後になりますが、私はやはり「染色体検査で発達障害児と診断」された場合、ここまで書いて来た事を理由に、中絶を希望してしまうと思います。重度発達障害児童を保育する療育センターの研修がなければ、「中絶は悪い事!」「子供の命を親の都合で奪ってはいけない!」と言えたかもしれませんが、研修での経験から「綺麗事」に聞こえてしまいます。
 私は研修中、「いつか自分が子供を持つなら、健常に産まれてほしい」と強く感じました。不謹慎だとか、差別的だとか思われるかもしれませんが、思ったものは思いました。
 「どんなに重たい障害を持っても私は我が子を愛します」と言えるには、社会のサポートが足りないと感じます。そう感じれる社会になって、かつ自分に頑張れる根性や自信がつくまで、私は「障害=中絶」という考えを変えられないと思っています。

 以上。

父となり「発達障害児」を産む事への考えは変わった?:現在の考え

 学生のころ書いたレポートを見ていて一番感じる(反省する)のは「大人は大変」って話ばかりで、「子供自身の視点」が抜け落ちているんですよね。どんな子供もこの世に生を受けた以上、愛される喜びを感じる権利があることをあまり考えていません。

 例えば、自分では何もすることのできない重度の奇形児や、脳の未発達児も、親に背中を撫でられたり、耳元で聞こえる母の歌を「心地よい」と感じ、生の喜びを感じれるかもしれません。親は自分の歌声にわずかな反応を見せる我が子に、苦労が洗われる気持ちになるかもしれません。

どんな子供も愛されるために産まれて来る

子供の手画像

 これは親になったから気づけたのかもしれませんが、「子供は愛されるために産まれてきている」んですよね。初めてエコー写真でミジンコみたいな形をしながらも心臓が脈打っているのを見た瞬間からすでに愛おしいんです。それを見てしまってからでは正直「障害があるから堕ろす」と言えるのか、はっきりとした自信はありません。
 ただし、障害児の場合(特に重篤な)「親は子供をめいっぱい愛してやりなさい。」と綺麗事だけ言われても…という思いが強いのも事実です。

社会は親に自己実現やQOLを放棄させている?

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 それは、社会サポート体制のなさで、親が大変な苦労を強いられ、当たり前の自己実現自分の生活の質(QOL)すら犠牲にしている中で「子を愛しなさい」と義務的に言われても困るって話なんです。子を愛す義務は「社会側」にもあります。

 高齢化社会の影響と、それによる有権者構成のアンバランスさで、国は「老人」は大切に扱うけど、なかなか子育て世代の方をむいてはくれません。「待機児童問題」が取り糺され、健常のお子さんをお持ちのかたでさえ「社会で働く」とか「自分の時間を持つ」なんて当たり前の自己実現ができていないことがトピックとして人気ですが(保育園落ちた日本シネのやつとか)、障害児をお持ちの親御さんはどういった現状なんでしょう?私が学生だった頃と対して変わらず、親に責任の大半を投げたままなのでしょうか?
 そのような現状のままでは、いくら私が親になって「すべての子は愛される権利を持つ」と気づいたところで、やっぱり障害児を産み育てることには消極的にならざるを得ないです…。

発達障害児は親を選んで産まれて来る?

天使画像

 学生のころのレポートでは、子供時代の私を持ってして「子育ては大変と思う」って言いましたけど、現在は父になり子供がいます。幸い健常に生まれた2人の我が子ですら「ギリギリの心持ち」で育ているんです(学生の頃に予想した自分の子育て能力の低さは当たっているようですw)。
 そんな現状なので、やっぱり安易に綺麗事のように「障害を持っていても産み、愛すのだ!」とか、スピリチュアル的に「障害を持った子は、あなたなら大丈夫って選んで来たのよ」とか言われたとしても、「いや、私は大丈夫じゃないです。無理です。」ってなると思う。

社会全体で障害児を支えるのは綺麗事・夢物語か?

子供を支える画像

 ただし、学生のころ書いたレポートのように、「障害児自身の愛される権利」を考えず、大人や社会は大変なんだよとだけ述べるのも違うと感じています。個人の能力には限界があるし、現状でも親は十分頑張っていると思うので、ここはやはり「社会」が変わる必要があるのではないだろうか…。この思いは学生のころからあまり変わりません。
 それとも「社会全体で障害児とその親を全面サポートしよう!」も不景気で余力のないこの国では綺麗事や夢物語になるのだろうか。「理想はそうだけど財源はどうするのだね君」みたいな。スェーデンやデンマークなど北欧のように「高い税率」で社会的弱者や子供を育てる親をサポートしようとしたら強い反発を国民は示すだろうか。

まとめ

父と子画像

 次産まれて来る子供にもし「障害がある」と診断されたら私はどうするだろうか?

 「社会がどれだけサポートしてくれるかによります」って答えは親として無責任だろうか?

 じゃあ社会のサポートなしに、自分のQOL(生活の質のこと)を犠牲にして家に引きこもって障害児の介護を24時間やればいいのだろうか?

 考えれば考えるほど難しい問題です。

 今でも夫婦で育児休暇をとって子供を見ているので、私たちは社会に支えられ楽させてもらっているほうです。
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 それでもやっぱり家事のことで喧嘩したり、育児に疲れることがあるのも事実。障害児を一生懸命育てている人から見れば、甘っちょろいと言われてもしかたありません。

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 今日のテーマに関して、「必ず産むべき」とか「堕した方がいい」とか、断定的に言い切れる問題ではないので、なんだか「パキッ」っとした答えは出せません(すいません)。

 けど「産む!と決断した親が、その決断に苦しむような社会であって欲しくない」ということは一つ確かな事(思い)です。
 みなさんはどう考えるでしょうか?と、質問を投げかけて終わりにしたいと思います。

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4歳のおしゃべり長女&0歳のおしゃぶり長男の父。元々根暗なゲーマー。子供が産まれ一念発起しイクメンに(なりきれてない)。現在「育休中」。一人悶々考えるのが好き。時折それを妻に話すも対して相手にされないのでブログで綴るw ペコパパについて詳細
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