ドラマ「母になる」が最終回。結局「母になる」ってどうゆうことだったの?

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母になる

こんにちは!先日、ミッキーとミニーとドナルドのことを、「あ!ミッキー、ミニー、アフラックだ!」と言った長女に爆笑だったpeco★papaですwアメリカンファミリーに毒されすぎだw

さて、昨日「母になる」が終わりましたね!

ハッピーエンドっぽく終わったけど結局妻と二人で、「ん?母になるって結局どうゆうことだったの?」「んー…わからないw」と話していましたw

一夜明けてちょっと頭の整理もこめて記事にしたいと思います!

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血の繋がりvs育ての親

育ての親

これに関してはこれまでも数々の映画やドラマで取り上げられていますよね。代表的なので言えば、

カンヌ映画祭でスピルバーグに大絶賛され、同監督でリメイクも決定したという、福山雅治主演「父になる」

日本アカデミー賞を総なめにした同名人気小説の映画版「八日目の蝉」

いずれも見たことある人、ない人いらっしゃるでしょうが結局言いたいことは「絆(育てる)は血を超えていく」ということでした。

当然と言えば当然ですよねw人格をつくるのは血ではなく「記憶」です。血液型占いが性格を決めるわけではありませんw

「血」より「記憶」こそがすべての人間にとって、一緒に暮らした日々というのはでかいわけです。特に幼い子供には!

「母になる」「そして父になる」「八日目の蝉」いずれにも共通しているのは、子供にとって絶対であるのは「両親との記憶」だけなのに、大人の都合でかき回されるということw

医学的な理由(血縁)、法律的な理由などにより、「子供が父、母だと思っていた人」は、「そうじゃないんだよ。今日からこっちが父さん母さんだよ!」と急に捻じ曲げられてしまうんですね。

誰にでも母親になるチャンスはある

母になる

けどもう一つ全作品に共通していることがあります。それは、「案外子供が乗り越えていく」ってことwこのたくましさが感動ポイントですよね。

つまりここでいう「案外子供が乗り越えていく」という事実は、「誰でも母親になるチャンスがある!」ってことでもあるんです。

先ほど、人格は「記憶」である。と言いましたが、「記憶であるなら変えられる」とも言えるわけです!悪い言い方すれば洗脳していけるといいますかw

人間て単純で、催眠術で鶏になったり、間違った宗教観で人を大量にあやめたり、壺を買っただけで幸せが舞い降りたような気持ちになったりしますからねw

そもそも改めて考えてみると、「誰にでも何度でもいつでも母になるチャンスはある」って、あたりまえの話でもあります。じゃないと養子縁組とか、離婚再婚とかは成り立ちません。

「どんな境遇」でも「どんな母親」でも、子供にとって「母は母」

母と子画像

「母になる」のドラマでは、

・子育てもママ友付き合いも苦手で、仕事にばかり精を出して一時父親に「子育ての主導権を握られてしまう母」
・3歳で誘拐され、中学生まで子供を別な女に育てられた(産みの)母
・誘拐犯が自殺後一人だった広をみつけ、女手一つで立派に育てた(育ての)母

と、三人の母親がでてきますが、結局紆余曲折を経てそれぞれが「母になった」というラストでした。

つまり、「キャリアウーマン」だろうが、「子育てが苦手な母親」だろうが、「血の繋がらない育ての親」だろうが、「長期決別を余儀なくされていた産みの母」だろうが、「母親であることを諦めなければ誰でも母親になれる」という話だったように思います。

「誰にでも母親のチャンスはある」この事実を物語るのが、広が放った「母親って二人いちゃいけないのかな?」という言葉にも集約されている気がします。

一方ドラマ中には、「母である」ことを放棄した人間もでてきます。その親が言うには「誰でも全うな母親になれると思わないで!こんな母親だっているの!なりたい、やりたいと思ってもできなかったの!」ということでした。

この場合、たとえ「産みの親」でも、本人が「母親であること」を諦めてしまっているので、母にはなれないんですね。チャンスや機会を放棄した人間には「資格」がなくなる(やり直しはきく)。
宝くじ買うことを放棄した人間に5億円は当たらないのと一緒ですw

ドラマの最後の印象的なセリフで、「母親に卒業はない」という言葉がありましたが、それは「自ら卒業してしまった場合」は別だともとらえられますね。

なんでもないような事が幸せだったと思う

母になる

ドラマの終盤で注目されていたのは、沢尻エリカ扮する「結衣」が、誘拐し育ての親となった小池栄子「麻子」と和解するのか?ということですね!

これに関して沢尻エリカは、

「誘拐されるまで、日常に感謝したことなんてなかった。でも、いなくなってから、なんでもないような日常に感謝して子供を精一杯愛する気持ちが芽生えた。だから、広を育ててくれてありがとう。」

と小池栄子(麻子)に伝えていました。(思い出しながら打ってるので正確なセリフじゃないですw)

何故、結衣は最終的に麻子を許すことにしたのでしょうか。
これに関してもまた「記憶」というキーワードが使えると思います。先ほど、「人格を作るのは記憶。だからこそ変えられる。」と言いましたが、沢尻エリカ(結衣)は、「このまま麻子さんを恨んだままじゃ、楽しく子育てできない」と言いました。

つまり、「恨み辛みの記憶」は、「日々を楽しめない」という人格を形成してしまうのですね。

そこで沢尻えりか(結衣)は、麻子に感謝することにしました。その感謝が、先に書いた「広がいなくなったことで、逆に日常がどんなに幸せだったか知れた。ありがとう。」という感謝でした。

「誘拐されたという辛い記憶、怒りの記憶」をどう解釈するか?記憶が人格を作るなら、その悪しき記憶にすら「感謝する点はある」という解釈を加えることで、「前向き」な人格に変われる。ということですね。記憶をどう解釈するかって大事ですね!
記憶は人生を彩る魔法のスパイスで、その味付けは「自分が決める」ことができるわけです。もちろん胡椒ばっかり振っていれば辛い人生になるのは自明です。

まとめ

母になる

昨日見終わった瞬間、「結局、母になるってどういうことだったの?」と妻と頭上に「?」を浮かべたところからこの記事を書きましたが、最後にまとめたいと思います!

チェック 産みの親vs育ての母では、育ての母に愛着があるのは当然(生みの親を知らないという前提)。
チェック なぜなら「記憶」こそがその子その人の人格を作るから。
チェック しかし「記憶」は変わっていくもの(新たに上書き可)。特に子供は柔軟。
チェック つまり、「母になる」ことを諦めない限り、自分が「母になる」ことは可能。
チェック 子供の記憶の中に、「自分を愛してくれた母親」として存在する事が重要。
チェック そのような存在として記憶されている限り、母親に卒業はない。

つまり、私の中での最終結論は、「母になる」ということは、「子供の記憶の中に、この人が母だと認識された状態。」だと思います!(つまり、あんたなんか母親じゃない!と絶縁されたら…。)

施設から出てきたばかりの広は結衣を母親だとは認識していませんでしたよね。当然です。3歳以前の結衣(本当の母)との記憶はもうないのですからw
けど、宙太の大冒険(でしたっけ?w)や、祖母との交流などを通して、徐々に「記憶の中に結衣が戻ってくるand新たに作られる」。

この状態が、「母になった」ということなのではないでしょうか。

そして「母が自分を愛してくれれば愛してくれるほど」濃く鮮明にその後の人生に「この人は自分の母だ!」という記憶は鮮明に残ります。

子供の記憶の中に「愛してくれた母親」が鮮明にいる限り、「母親に卒業はない」ということかと思います。

ONE PIECEのトニー・トニー・チョッパー編の、Dr.ヒルルクの名言「人はいつ死ぬと思う?人に忘れられた時さ。」が大好きなんですが、それを借りると、「母親はいつまで母親だと思う?子供に忘れられるまでさ。」とも言えますね!つまり一生じゃないかw

なんか、私自身は「父親」なので、ここまで書いてて、なんだか寂しくなってきましたので、この辺で終わりにしたいと思います…w

とうちゃんも忘れないでくれ〜〜!!!w

とうちゃんと子供が主役のドラマも来季はじまらないかな〜〜!!!w


peco★papaのおまけの小話
うちの妻は「麻子」がどうしても許せないらしく、結衣が麻子に理解を示そうとしたり、優しく振る舞っただけで、「なんで〜!?むかつく。ほんとっ!」と言って私に「肩パンチ」を食らわしてました…w最終回で一番私の肩が腫れ上がったのは言うまでもありません。「母になる 見ていて何故か 父腫れる」お後がよろしいようで。

今日の一枚

今日の一枚

ー父になるー


★見た事ない人はこちらも是非!


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★母になるのドラマ中で沢尻が夫と出会うきっかけになった本「シンギュラリティにおける家族のあり方」について考えた記事!ご興味あるかたはぜひ!(マニアックですw)

シンギュラリティにおける次世代の家族の在り方について考える
未来の家族は血縁関係おかまいなしの自由選択性?ドラマ「母になる」作中の本タイトルから考える。

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4歳のおしゃべり長女&0歳のおしゃぶり長男の父。元々根暗なゲーマー。子供が産まれ一念発起しイクメンに(なりきれてない)。現在「育休中」。一人悶々考えるのが好き。時折それを妻に話すも対して相手にされないのでブログで綴るw ペコパパについて詳細
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